top270名の作成例ご依頼方法価格のご案内店舗紹介無料見積り・問合せ
服飾研究家白鳥博康氏の男のきもの研究手帳
第2回 着物の着こなし

洋服にしても着物にしても、「着こなす」というのは難しい。
難しいけれど、誰もができないというわけではない。
着物を着こなす一番手っ取り早い方法は、とにかく着物に慣れることだ。
着物に慣れるためには、あくまで自分の手で、何回も着たり、脱いだり、畳んだり、あるいは手入れをしたりと、すべてを自分で取り仕切る必要がある。
そうこうしているうちに、自然と着物は体に寄り添ってくる、つまり「板についた」状態になる。
不思議なことに着物を着慣れていると、例えウールの着物を着ていても、なにか上等な着物のように見えるときがある。
逆に、どんなに上等な着物を着ていても、着物に着られてしまっては、元も子もない。
新入社員のスーツ姿が一目でそれとわかってしまうように、着慣れることは衣服を着こなすための第一歩となる。
紐を使わず帯を締める様子
着慣れるついでに、帯の位置にも気を配りたい。
男の帯は腰骨の位置で、前下がり後ろ上りに締める。
個人差や帯の幅にもよるだろうけれど、前はヘソ下三寸(約9センチ)にある丹田を通り、後はお尻の上、背骨の終りくらいの位置に収まるのが理想的だろう。
着物に慣れないと、どうしても帯をウエストの位置で締めてしまう。
「武道の達人は、相手の道着の着方を見ただけで、その人の実力がわかる」
などという話を聞いたことがあるが、達人でなくとも、ある程度の見当はつけられる。
その目安となるのが帯の位置だ。
柔道・空手・剣道など、入門したての初心者は、帯や袴をウエスト部分に締めて(つけて)しまう。
ところが稽古を積むにしたがって、帯や袴はしだいに、自然に、腰の位置まで下がってくる。
身体動作に影響を与えない腰骨の位置こそ、帯が締められるべき場所なのである
(まったくの余談になってしまうが、ブラジルのジュージュツドージョーでは、道着のことをキモノと言うそうだ)。

着物を着こなしている先人たちの様子をよくよく観察してみると、着姿にどことなく「ゆとり」が感じられる。
「ゆとり」は「遊び」と言い換えていいかもしれない。
普段着にしろ、礼装にしろ、なんとなくゆったりとしていて、しかし、だらしなさを感じさせない着姿こそ、着物を着こなしている状態といえるだろう。
往年の名俳優であり、着物に対しても一家言持っていた花柳章太郎は
「着物は着崩さなければいけない。着崩れてしまってはいけないから、最初に着崩す」
と、言っていたそうだ(私はこの話を、あるとき永六輔氏から聞いた)。
けだし、着こなしの核心をついた名言である。

着こなし後の白鳥氏 「着崩す」は「ゆとりをもたせる」と解釈できる。
着姿にゆとりをもたせるには、帯をあまりギュウギュウ締めつけないほうがいい。
これも個人の好みや状況によるので一概にはいえないが、しっかり締めるのは一巻き目で、あとは緩まない程度に二巻する。
私の場合、締めた帯と着物の間に腕を入れて、床の上のものが取れるくらいの締め加減にしている……というよりも、自然にそうなってしまった。
この締め加減は、私の和裁の師である村林益子先生から教えられた。
先生も帯を締めるときは、ゆったりと締められておられた。
帯の締め具合にゆとりがあれば、着崩れしにくい。
そして、万一着崩れてしまっても容易に直すことができる。
ちなみに、私は着物を着るとき、腰紐や下締めの類を一切使っていない。
着物を着始めた頃は、丁寧に両方使っていたが、ある程度着物に慣れてきた時、それらを使う必要性が
なくなってしまった。
ヒモを使わない方が手早く着られるし、腰周りがすっきりとする。

帯を締め終えたら袖の中に手を入れ、襦袢の後身頃(帯の上あたり)を少し引っ張り上げてゆとりをもたせる。
袴を着けた場合は、着物も引っ張り上げる。こうすることで、上半身にゆとりが生まれ、極端な着崩れはなくなり、着姿に表情がでてくる。
これが私流の、着物を「着崩す」コツだ。

だらしなく見えず、なおかつ着慣れた印象を与えるためのコツはもう一つ、襦袢の衿元にある。
洋服ならばネクタイが結ばれる衿元は、人目を引きやすい。
襦袢の衿元さえキチンとしていれば、長着の衿が少々広がっても、だらしなく見えることはない。
衿元がはだけてくることを防ぐため、私は衿止めを使っている。
好みで、襦袢の衿元にヒモをつけてもいいだろう。
反対に、人前で襦袢の衿を直す仕草(指で衿をつまんで引っぱり出す)は、見ていてあまり気持のいいものではない、少なくとも私にとっては。
この仕草は着物のプロである人々ですら、無意識にしていることがある。
普段はともかく、人前に出る場合は注意したい仕草だ。
同じ着物を着たとしても、十人いれば、十通りの着姿があるはずで、それは良いとか悪いとかの問題ではない。

衣服を着こなすための重要な要素は、大まかに分けて「テクニック」と「パーソナリティ」の二つに集約されると思う。
帯の締め方や、衿止めを使う、といったことは「テクニック」に過ぎない。
衣服は、特に着物の場合、着用する人間がいて初めて衣服として完成する。
着用する人の「パーソナリティ」が、着物に命を吹き込む。
着物を着たら自信をもって、堂々と振る舞う。
これが着こなしの到達点となるだろう。

19世紀イギリスを代表する洒落者で、ダンディという言葉をほしいままにした、ジョージ・ブライアン・ブランメルは、着こなしのコツを尋ねられたとき、こう答えた。
「一度外に出たら自分が何を着ているか、決して気にかけてはいけない」
ブランメルは完璧にタイを結ぶため、毎日2時間以上を費やしていたそうだ。

 

著者プロフィール

白鳥博康(しらとり ひろやす) 東京都出身

365日着物で暮らす物書き。
著書に『夏の日』(銀の鈴社)『ゴムの木とクジラ』(銀の鈴社)。
服飾に関する共著に『演歌の明治ン大正テキヤ フレーズ名人・添田唖蝉坊作品と社会』(社会評論社)がある。



オフィシャルサイト 天球儀
http://kujiratokani.web.fc2.com/


 

 



ご来店予約・お問い合わせ