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服飾研究家白鳥博康氏の男のきもの研究手帳
第7回 私の衣替えレポート


衣替えの話題が2回続いてしまったが、話のついでに、もう1回書いてみたい。
前回までは、衣替えをめぐる文化的な背景などを中心に書いてみた。
しかし「そんなことなど知らなくとも着物は着られる」という立場の人から見れば、これらは理屈でしかない。
何事も理屈だけではバランスが悪いので、今回は実践編として、恥ずかしながら私の衣替え方法をご紹介しようと思う。

仕事がら、どうしてもデスクワークが多くなってしまうが、それでも外に出ることが少ないわけではない。
重い鞄を持ってあちこち飛び回ることも多いし、満員電車に乗るのも珍しいことではない。
動き回ると、当たり前だが暑くなる。暑くなると汗をかく。汗をかくと気持が悪い。
だから、なるべく暑くならないように、快適に過ごせる着こなしを工夫する必要が、どうしてもでてくる。

私は、なるべくならば従来の衣替えを尊重したいと思っている。
しかし、繰り返しになってしまうが、以前に比べ暑い日が増加したことや、羽織袴をつけるという男の着物のスタイル、現代の生活環境など、諸々の理由から、従来の暦通りの衣替えは不可能になってしまったといってしまってもいいだろう。

私が単の着物を着始めるのは、大体4月頃からで、それに合わせて羽織も単にしてしまう。
同時に、襦袢類も簡略化する。
寒い時期は肌襦袢(もしくはU首などのシャツ)を着てから襦袢、長着の順番だが、暑くなってくると肌着を抜いて、筒袖の半襦袢(クレープ生地だとなおよい)を直に着る。
一枚着ないだけでも、暑さの感じ方はガゼン変わってくる。
その年の気候により、5月の終り頃から麻を着る場合もあるが、幸いなことに、今年(2009年)の5月は麻を着なくとも過ごせた。

薄手の織物ではサマーウールもあるが、実際に着ると、見た目ほど涼しく感じられないのは、私だけだろうか。
サマーウールを心地よく感じるのは、今のところ4月から5月、10月から11月にかけてだ。
暑くなってくると、木綿や麻など、汗を吸収してくれる素材が気持いい。
薄手の袴(サマーウールや紗など)を着け始めるのは、やはり気候によりけりだが、例年では大体5月の半ばを過ぎてからで、このタイミングに合わせて紗や絽の羽織などを着始める。
夏物の半衿(絽や麻など)も本来は6月から身につけるとされているが5月の気候しだいではつけることもある。
逆に、麻の襦袢に冬物の半衿をつけて、季節はずれの暑さを調整するという方法もあり、実際にそうしている人も最近増えてきているそうだ。
麻の襦袢は、洗えばすぐに乾き、メンテナンスも楽なので、私も一年を通して利用している。

暑さが長引くと、なかなか冬物に戻れないのも事実で、それでも、極端に透ける着物(例えば小千谷縮)を着るのは9月中旬頃まで。
暑さが落ち着くまでは、薄くて軽い木綿などでしのぎ、袷に戻るのは大体11月くらい。
暑い時は、洋服でも着物でも、何を着ていても変わらないので、汗だくになって衣替えを順守するより、さっさと薄物を着てしまったほうが、自分の体も楽だし、見た目にも不快感を与えない。

このように書くと季節感が欠如していると思われてしまうかもしれないが私なりの衣替えに対する配慮もある。
暦よりも早い着物を着る場合、着物の色には、特に気を遣う。
例えば4月や5月、9月にどんなに暑い日があっても、白絣の着物だけは絶対に着ない。
白絣に袖を通すのは、6月から8月いっぱいまでと決めている。
夏の季語ともなっている白絣は、そのきっぱりとした白が夏を感じさせるので、5月に着てしまうのは心持ち早い気がするし、9月に入ると、まだ夏を引きずっているような気がする。
足袋の場合、冬には濃紺や黒を履くが、5月頃から薄色にかえ、6月には白にする、と決めていた。
決めていた、と過去形なのは、私が愛用していた薄色の足袋(某百貨店のオリジナル商品だった)が、生産中止になってしまったので、今は一足飛びに白足袋にしているからだ。
夏場は濃い色の足袋よりも、薄色の足袋の方が涼しげだろう。

これらは私なりの季節感の捉え方であり、ケジメでもある。
だから、誰もがこうせよ、ということではない。
いま、着物における衣替えの習慣は、変化を求められている。
変化できるのは、その文化がまだ形骸化されていない、生きている文化だという証明でもある。
生きた文化を後世にバトンタッチするための、大切な瞬間が今だと思っている。


             
       6月の単衣の時期の装い            単衣の塩沢紬の着物と羽織
     黒の絽の羽織に単衣の絣の着物             墨色の馬乗り袴

 

著者プロフィール

白鳥博康(しらとり ひろやす) 東京都出身

365日着物で暮らす物書き。
著書に『夏の日』(銀の鈴社)『ゴムの木とクジラ』(銀の鈴社)。
服飾に関する共著に『演歌の明治ン大正テキヤ フレーズ名人・添田唖蝉坊作品と社会』(社会評論社)がある。



オフィシャルサイト 天球儀
http://kujiratokani.web.fc2.com/




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