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服飾研究家白鳥博康氏の男のきもの研究手帳
第6回 衣替え〜暦に悩まされた明治の人々〜

前回、現代においては、実際の気候と暦が一致せず、着るものに困ると書いた。
  →第5回「衣替え〜移り変わる着こなし」
この問題、現代日本を生きる我々だけの問題かというと、そうでもなさそうだ。
文明開化の時代を生きた人々も、似たような経験をしている。

明治以前の日本では、月の満ち欠けと太陽の動きを組み合わせた、いわゆる旧暦(太陰太陽暦)を使用しており、もちろん様々な行事も、この旧暦で行われていた。
明治以降、正確には明治5年11月9日に改暦が発表され、その23日後には欧米で使用されている太陽暦が導入された。
つまり明治5年の12月3日を、明治6年の1月1日にして、西洋の暦との帳尻をあわせた(だから明治5年の12月は2日間しかなかった)。

時の政府が暦の改革を急いだのにはいくつかの理由があり、その一つは財政問題だったようだ。
旧暦当時に存在した「閏月」(1年が13ヶ月のときがあった)分の給料を、官吏に払う余裕がなかったから、という説がある。
また、当時の国際状況として、太陽暦(グレゴリオ暦)を使用していない国家は、後進国とみなされてしまう風潮があった。
欧米列強に追いつけ追い越せで、世界の中の先進国を目指していた日本としては、一刻も早く暦を変える必要があった。

ところが、急に暦を変えて、旧暦で行われていた行事を、そのまま新暦にあてはめたものだから、あちこちに無理が生じてくる。
例えば、現在のお正月は、旧暦よりも一月前後早くなっているので、「迎春」、「新春」といわれてもピンとこない。
本格的な寒さは一月先に待っている。
万事この調子で、3月3日の桃の節句に桃の花は咲かないし、7月7日の天の川も、雨で見えないことになる。
従って、衣替えも、暦と季節感が一致しない行事の一つであり、改暦当時からその問題は指摘されてきた。
しかし、結局のところ「長いものには巻かれろ」で、現代まできてしまった。


ここで、衣替えについての意見が述べられている随筆作品を引用したい。
著者の平山蘆江は、花柳物作家であり、粋人随筆家としても知られた人物で、着物への造詣も深い。


「きもの道楽の人が、尤も気にするのはうつりかへということである。
たとえば、四月に入れば袷衣になり、六月は単衣、七八月はうすもの、九月は単衣、十月十一月に袷衣、十二月には重ね着をして、それが二月までつづき、三月には春着をという風に、随分克明に着かへないと、着ものを着こなしたとはいへないことになつてゐるが、これは旧暦時代の遺風で、太陽暦にあわせるとなればどうも狂ひがちである。
殊に、春先のぽかつきが早く来たり、夏の夏らしさが遅れたりすると、うつりかへをきちんとやることのために、風邪を引いても、汗を出しても我慢せねばならぬという不調宝(原文ママ)なことが出来る。
これも例の好況時代以後、風俗が乱れこだわりぐせが尠くなつたのだし、上方と東京では随分陽気の相違もあるので、いつそ気にかけないで、暑ければうすものを、寒ければ重ね着をと、あつさり着かへることが認められて来たとしてもよささうだ。(後略)」
                                               (「うつりかへ」平山蘆江『きもの帖』)


随筆のタイトルともなっている「うつりかへ」とは、衣替えのこと。
「うつりかへ」が収録されている『きもの帖』の出版は昭和29(1954)年。
衣替えをめぐる問題は、現代的だと思われがちだが、意外なことに半世紀以上前から、衣替え改革の必要性が指摘されていたことになる。
一方で、興味深いのは「十二月には重ね着」の部分。
「重ね着」のことも前回書いたが、着物を重ねて着ることをいう。
「うつりかへ」が書かれた当時、まだ「重ね着」の習慣が残っていたことが分かり、同時に、当時の冬はまだ寒かったことも、容易に想像できる。
蘆江は、新・旧の暦の問題と、地理的な問題を例示して、理論的に衣替えの不合理を指摘しているが、これは現代でも十分通用する言い分である。


これからの「衣替え」で重要なのは、その土地、その地域の季節感だと思う。北は北海道から南は沖縄まで、気候風土が同じであるはずがない。
また、冷暖房の発達や、暑さ寒さの感じ方も人それぞれだろうから、そのあたりも考慮しなければならないだろう。
先人から伝えられた、衣替えの美意識を受け継ぎつつも、「自分が季節をつくりだす」というような心持ちでいいのではないだろうか。


            
        夏の白鳥氏の着物姿                絽の羽織をまとった姿


著者プロフィール

白鳥博康(しらとり ひろやす) 東京都出身

365日着物で暮らす物書き。
著書に『夏の日』(銀の鈴社)『ゴムの木とクジラ』(銀の鈴社)。
服飾に関する共著に『演歌の明治ン大正テキヤ フレーズ名人・添田唖蝉坊作品と社会』(社会評論社)がある。



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