top270名の作成例ご依頼方法価格のご案内店舗紹介無料見積り・問合せ
服飾研究家白鳥博康氏の男のきもの研究手帳
第4回 私の普段着

男の着物は「木綿に始まり木綿に終わる」そうだ。
着物を着始めた男が、最初の着物として木綿を着る。
その後、大島や結城など上等といわれている着物を色々着てみた結果「やっぱり木綿が一番だ」と、木綿に戻ってくる、そんな意味の言葉らしい。
もっとも、「戻って」きたときに選ぶのは、やはり上等な木綿なのかもしれないが。


この言葉の真意はともかく、私の生活は木綿の着物抜きにして考えられない。
もし、この世から木綿の着物が無くなってしまったとすると、私は非常に困る。
肌触りよく、丈夫であり、手入れが楽で、見た目もいいと、四拍子そろった木綿の着物は、今の私にとって何物にもかえがたい衣服となっている。
日常に密着した素材ならばウールもあるけれど、肌触りの面でどうも苦手だ。
毛糸のセーターで首筋や手首がチクチクするのと同じように、袖口のチクチクする感覚になじめないのは、私だけではないだろう(ただ、シワになりにくく、水をはじきやすいウール素材の特質を生かして袴に仕立てると、ちょっとした外出、とくに雨のとき役立つ)。


日本における本格的な木綿の栽培は16世紀に始まり、17世紀には麻に代わる実用衣料として広く普及した。
したがって、木綿の着物を着ることは、先人の恩恵およそ400年分を被っていることになる……などと大げさに言わなくても、木綿の着心地がいいことは、動かしがたい事実である。

当たり前の話だが、日常生活にはTシャツ・ジーンズのように活動的で、どんなに汚れても構わない衣服が必要だ。
白鳥氏の旅行着・インド・ダラムサラにて 腰丈の着物、つまり半着に、ズボンタイプの袴である軽衫は、私にとってのTシャツであり、ジーンズとなる。
近所への買い物や、焼肉・お好み焼きといったニオイがついてしまう飲食店へ行くとき、日課となっている犬の散歩などは、大体これですませる。
国内・海外旅行も場所や状況によって、このスタイルで行く。
気候の厳しいインドやロシア、馬にも乗ったオーストラリア、これらの地では軽衫が大いに役立った。
軽衫に合わせる半着は、着古して背縫いが破けてしまった着物の丈を詰めたもので、特別に誂えたものではない。
日常的に着物を着ていると、お尻にあたる部分だけが擦れて破ける、という事態が少なからず起こる。
特に単の着物は、「居敷当て」で補強をしていても無理がくるときがある。
普段着なので仕立て直すほど上等な着物でもないが、かといってそのままでは着られない。
だからこそ、丈を詰め半着にすることで、日常着として気軽に、惜しみなく着ることができる。
手持ちの半着は、生地の厚さの違いこそあれ、すべて単で、肌寒い季節には袖なし羽織を、厳寒の時期にはネルの襦袢などで調節している。
袷が無いのは、まだ袷の着物のお尻部分が破けていないからで、そのうち袷の半着も出来上がるだろうと思ってはいるのだが、単のほうが動きやすいから、わざわざ袷にする必要性も感じてはいない。


ところで、軽衫や野袴のように裾がすぼまっている袴をつけるときは、袖なし羽織が一番しっくりするようだ。
もしも普通の羽織を合わせるならば、羽織丈は短めのほうがいいだろう。
軽快さが身上の装いなので、長羽織では、少し重くなってしまう気がする。


この感覚はあくまで私の好みによるものだが、まったく正反対のスタイルを貫き通した人物もいる。
僧侶であり書家でもあった豊道春海(1878〜1970)の普段着は、野袴(括り袴)に黒紋付の羽織を合わせ、革靴を履くという和洋折衷のスタイル。
春海は、昭和40年に行われた赤坂離宮の園遊会にも、このスタイルで出席し、昭和天皇に挨拶した(残された写真を見ると、革靴はきちんと礼装用のものを履いているようだ)。


とはいえ、日常生活のすべてが、半着に軽衫というわけではない。
このスタイルは私にとって、あくまでワークウェアーの一種である。
だから、極端に汚れるようなことをしないシーン、例えば近所の喫茶店に行くときなどは、木綿の長着に帯を締める。
洋服で例えれば、ポロシャツにチノパンといったところか。
帯は角帯よりも兵児帯の方が好きなので、普段着にはもっぱら兵児帯を締める。
兵児帯を袴の下に締めることもある。
袴に兵児帯というと驚かれるが、戦前に撮影された写真を見ると、袴の下に兵児帯を締めている男性をしばしば目にする。
日常に着物が息づいていた時代には、珍しくないスタイルだった。


「普段着」という言葉の捉え方は、人により様々だと思うけれど、私にとっての「普段着」は、せいぜい家の周りをぶらつくときに着るものという意識があり、電車を利用して出かける場合などは、「外出着」を着ることになる。
外出着といってもたいしたものではなく、普段着の着物に、羽織と袴(両方とも木綿の場合もある)をつければ、私にとってのちょっとした外出着となるのだけれど、話が普段着から、遠ざかってしまうので、それはまた機会をあらためて。
           フランス・世界遺産モンサンミッシェル内部にて

 

著者プロフィール

白鳥博康(しらとり ひろやす) 東京都出身

365日着物で暮らす物書き。
著書に『夏の日』(銀の鈴社)『ゴムの木とクジラ』(銀の鈴社)。
服飾に関する共著に『演歌の明治ン大正テキヤ フレーズ名人・添田唖蝉坊作品と社会』(社会評論社)がある。



オフィシャルサイト 天球儀
http://kujiratokani.web.fc2.com/




ご来店予約・お問い合わせ